2011.4.19 水墨画家 海野次郎 - | ワンオフの商業空間デザイン/シネスSynes

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2016.07.05 INTERVIEW

2011.4.19 水墨画家 海野次郎

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2011年4月19日、青山のカフェで、海野さんの6月の個展について打合せを行った。

海野次郎氏=(海) 渡邊由紀子氏(AS-plan代表)=(渡)
田中稔郎(Gridframe代表)=(田) 久保亜津子=(久)

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海野次郎氏

(田)「奥多摩で描いていて、東京の真ん中で展示をする、ということは、海野さんにとってどういう意味があるのですか?」

(海)「実は、昨晩、自分なりに何をやりたいのか、という事を考えてみたんです。

僕は芸術と呼ばれるものをやろうとしているのですが、では、芸術の「術」とはどういうものか。術という文字は、交差点があって、そこに犬が埋められているという象形文字なんです。つまり、術という文字には呪いとか霊的な意味が込められているわけです。これが芸術の本質だと思うんです。

今、アートやそれを巡る環境が効率化・固定化しすぎて、硬直化しちゃっている。それをグローバリズムと呼ぶんだと思いますが。ある意味、術から離れてしまっている。

僕は、グリッドフレームの田中さんは場をつくる「術師」だと思うんですよ。術師で集まって表現の場をつくることで硬直化しているつくる環境を、本来のもっと原初的なものに戻せないかと。術は人間性を再生するためにあるんだと思うんです。

その向こうには、最終的には「自由」にたどり着くと思うんだよね。

昔は、自由は都市にあったと思うんですが、今は都市の方が固定化しているんだよね。」

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作品:一雨一晴

(田)「そうですね。私の故郷は熊本ですが、1970年代くらいまでは、九州からみんな自由を求めて上京してきたと思います。けれど、現在では仕事を求めて上京するかもしれないけれど、以前のように都会に自由を求めているわけではないような気がします。

会社を経営していると、立ち上げて間もなくで、まだかたちを成していないころは、徹夜が何度もあったりしてつらいけれど、そこには自由がありました。でも、かたちを成してくると、徹夜はなくなったかわりに、今度は放っておくと既存の会社に似てきてしまう。いつの間にか、本質の部分で自由がなくなってくる。

同じように、都市も洗練されると、自由がなくなってきますよね。いまや、人は地方の自然に自由を求めているのでしょうか。」

(久)「そこで、インスタレーションの一つの案ですが、例えば、奥多摩の風景を再現、・・・というより再構築してみるとか。水や風や光を個展空間内で表現するとか・・・」

(海)「う~ん、もし、展示空間に奥多摩を持ってくるなら、単純に自然があるという風に提示したくはないんですね。僕は、山菜採りも魚釣りもしないし。・・・僕にとっての自然はマジェスティックなもの、怖いもの、得たいの知れないもの、なんだよね。自然を予定調和としては、見てないんだよね。

奥多摩で夜空の星なんか見ていると、地球規模で物事を考えてしまう。そういうことは自分では、好きなんだけど。

自然を消費するのは、あまり好きではないんだよね。自然って、もっと怖いものなんだよね。

だから、今回の地震のように、“未曾有”の地震というのも、ちょっと不思議な気がしたりする。だって大昔の人は地震があってあたり前、それでも何とかやっていく。」

(田)「想定内とか、想定外とかいう考えがなかったでしょうね」

(海)「そう、自然って本来厳しいもの。その緊張感の中で生きていた。例えば、自然の中の風って、本来厳しい風。その中で一時の風が気持ちよかったり。」

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作品:グラリオサ

(渡)「海野さんも雪かきしたり、自然と向合っていますよね。」

(海)「そうそう、全然好きではないんだけど(笑)」

(渡)「でも、今回地震で自然への畏敬の念というか、畏怖ということが、語られているので、その意味では、重なっている部分がありますよね」

(久)「今のお話を伺っていると、例えば展示空間では、ろうそくを手に持ち、ろうそくの灯りで見るコーナーがあっても良いのかな、と感じました。」

(海)「以前数奇屋作りの家で展示することがあって、そのときは天気によって空間が暗かったりするんだけど、それはそれで自然で、意外とよかったことがあったね。」

(久)「西洋の絵画は自然の光の中で見るというのが、その描かれた環境と同じにするという意味でも良いのかな、と思いますが、水墨画は床の間に飾られていたという経緯から考えると、暗い中で観るのが、合っていそうですよね。西洋の空間は、光から始まり、東洋、特に日本の空間は闇から始まる気がするんです。西洋はいかに外の光を取り入れるか、またはいかにさえぎるか。日本の空間はいかにきれいな影をつくるか。」

(田)「海野さんにとって、奥多摩にいることは間の中にいる感じがありますか?」

(海)「間ね~。う~ん。僕にとっての間っていうのは、“一瞬の合理性” なんだよね。

自然というのは、合理性だと思うんだけど、それって変化していく合理性。僕にとっての間っていうのは、変化してく合理性、常に変わっていく合理性なんだよね。」

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展示空間案

(海)「話は変わるけど、今宮本武蔵の本を読んでいるんだけど、武蔵は小次郎と闘った後は刀を捨てて水墨画家になったんだよね。剣術の道と水墨画の道がそのままつながったんだと思う。

自分にとって水墨画というのは、ものすごく自分が映し出されるというか、ほんと怖いくらい自分が出てしまうんだよね。

すこしでも迷いやためらいがあると、墨がべた~と大きくにじんでいったり...そのまま自分の内部が映し出されてしまう。」

(田)「それは、面白いですね。」

(久)「日本の芸術、茶道や華道もそうですが、すべて自分と向き合うことから始まりますよね。精神修養と深く結びついているというか。それは、日本の芸術が武道の発展と結びついているからでしょうか?」

(海)「日本の芸術は、兵法者の系譜からだと思うんだよね。文人から生まれたものでは、絶対にないと思うんだ。平安時代には、中国から入ってきたものをそのまま取り入れていたのが、鎌倉から室町時代になると芸術と武術が融合されて、中国から入ってきたものが、すぐに日本化するようになった。」

(田)「私は小さい頃に柔道をやっていましたが、やはり現在の空間デザインに精神修養の要素を暗黙の裡に結び付けている傾向があるように思います。日本の芸術の系譜に知らず知らず関係しているのかもしれない、と今、思いました。(笑)」

(久)「今回、海野さんが冒頭でおっしゃったように、術師で集まって表現の場をつくる、という試みに参加させていただくには、私もぜひ兵法者の精神性に思いを馳せてみたいと思います。(笑)

よく田中が『デザインはする。アートはなる。』っていう言葉を使うのですが、『なる』を成り立たせる為用意周到に『する』を行うのではなく、『する』と『なる』がメッシュのようにからみあったような空間をつくれないか、と。そのためには構想から術師同士で一緒にイメージしていく必要があります。

混沌としたものづくりのイメージなので、現場監督などからシステムや効率などの話がでてくると、なかなか矛盾するんですが。(笑)効率化は硬直化だと気をつけないといけないですね。」

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6月の展示風景
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